この句は、どこに出しても恥ずかしくない、水煙を代表する秀句で、 このような句を「水煙」に収載できることは、水煙の一人とし て、とても嬉しく思います。この句の良さは、見過ごしがちな 「落下する」ところに、「光り集めて」いることなのです。侘 び、寂び、といった日本の美は、もともと、こういったところ にあったと、思われます。
この句の月は、九月六日のものと思います。この日の満月は、 午後八時二十一分でしたので、すっかり暗くなって、夕餉の後 片付けも終わり、一日の終わりのほっとした時刻の「夜の月」 なので、「全円」という言葉が見事に当てはまって、生きてい ます。科学的な満月と、生活のほっとした丸い心とが見事に合 致しました。「夏終わろうとする」ほっとした気持ちでもあり ます。この句は、とても深い俳句なので、時間をかけて読んで いますと、いろいろな発見があって、嬉しくなってきます。 弘子さんは、最近、パソコンを買って、インターネットをし ています。詩人が科学的なことに挑戦しているのです。詩人ゲ ーテが科学者でもあったことを思い出しました。
特に際立って珍しい句ではないので、見落としてしまいそうで すが、水煙の今月の代表句です。読み手がしっかりしていれば、 その良さを読み取ることが出来ます。読み手次第で、佳句にも なれば、凡句にもなってしまいます。作者の心が内へ内へ向か っている様子を、また、作者の心が生きいきとしている様子を 読み取って下さい。
「田植」は生産の営みであって、そこには、明るい未来がある。
小さな存在に向けている作者の視線がよい。的確な写
生は、周りを拘束しない姿勢で、その心に惹かれる。
文句なく明るい句。家庭でも、学校でも、子供たちが明るく振る
舞うことが出来ないならば、それは、大人たちの責任であろう。
世界の核心を見事に掴んでいる。この句の説明は不要であろう。
喜びの俳句である。短い言葉ゆえに生命讃歌が力強く詠まれた。
春を迎えるという快い弾みが言葉のリズムで表現さ
れている。口語俳句で成功した数少ない例である。
身辺の日常を詠んで力強い。この強さを俳句の原点とみてよいであろう。
このような句を読むと、世の中の嫌なことも忘れて元気が湧いてくる。
この句は、店頭でよく見かける風景だが、珍しい
句だ。色や形のイメージがひどく鮮明なのである。